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【4~6枚テスト】“今”を知るためのアンテナを張り巡らせて、当たり前のことも疑っていくことが大事

Vol.141
株式会社テレビ朝日 総合編成局 ドラマ制作部 ゼネラルプロデューサー 松本 基弘(Motohiro Matsumoto)氏
Profile
1963年生まれ、愛知県出身。1987年テレビ朝日入社。ワイドショー部や音楽バラエティ班などを経て、1994年にドラマ班に。「事件」シリーズや「相棒」「警視庁捜査一課9係」などを制作。
テレビ朝日で「相棒」、「警視庁捜査一課9係」シリーズや「BORDER」など数多くのドラマを手掛けている松本基弘(まつもと もとひろ)プロデューサー。幼少期から俳優やディレクターなどの職人より設計図をつくるプロデューサーになりたかったという彼が見た現在のドラマの姿と、視聴者を惹きつけるためのポイントとは? ワイドショーや音楽バラエティ制作を経たからこそ気づけたドラマへの情熱と、やりたい仕事に就くために必要な行動なども語っていただきました。ドラマとそこに関わるクリエイターに対する愛が伝わってきます。

特撮ドラマを見ながら、その後ろにいる作り手のことを考えていた少年時代。

子供のころはテレビっ子だったのですか?

私の時代はウルトラマン全盛期で、物心ついたときからテレビの中に怪獣がいました。私は、朝から晩まで新聞広告の裏にお絵かきしているような子供だったので、当然夢中になりました。あのころの怪獣は今でも描けますよ。ただ、キャラクターやメカ単体を描くのではなく、見たドラマのストーリーごと漫画に描き起こしてました。つまりドラマのコミカライズですね。自分では漫画を描いてるつもりだったんですが今見ると、コマ割りはすべて四角。テレビフレームなんですよ。つまり、小さいころから絵コンテを描いていたようなものですね。それに気づいたときは笑っちゃいました。また、どうやって作られているんだろう?ということにも興味がありました。この怪獣には二人の人が入っているんだな、とか、手前のビルは模型だけど背景は絵だな、とか。根っからの裏方体質なんですね。とはいえ、中学生以降は部活が忙しくなったりして、テレビ中心の生活ではなくなっていったんですが……。

大学を卒業してテレビ朝日に入社。その経緯を教えてください。

就職活動をする際、自分が好きだったことって何かな?と考えて、「ドラマを作りたい」という気持ちを思い出しました。とはいえ、憧れの職業ではあるけどどうやって仕事にしたらいいかも分からなくって……。また、憧れているだけに仕事にしたらショックも多いのでは?と色々考えました。そんな中、やはり自分がやりたいことをやらないで後悔するのは嫌だと思い、受けたのがテレビ朝日でした。当時は、「ニュースステーション」や「ミュージックステーション」がスタートしたばかりで、勢いがある会社だな、と感じていましたね。ただ、本当のことを言えば、入れるなんて思ってもおらず。採用通知を受けたときはただうれしかったです。

その当時(1987年)のテレビ朝日のドラマといえば、「土曜ワイド劇場」。

そうなんですよ。就職の面接でも「うちはドラマやっていないけど」と言われました。ただ、「いつかやるかもしれない!」とは心の中でずっと思っていましたね。そのときは「絶対関わりたい」という気持ちはもちろんありましたし、上司にも伝えていました。それがいつになるかは分からなかったですが、言い続けていると夢が叶うんじゃないかな?と思っていたんですよ(笑)。

常に夢は語りつつも、どんな仕事も一生懸命に120%でやることが大事。

入社後は、制作部のワイドショー班に所属されたんですよね?

ここに配属してもらえたのは今思えば本当にありがたかったです。最初は先輩の下について教わっていたんですが、人手が足りなかったこともあり、半年後くらいですぐに独り立ちして20分くらいの枠を自分で埋めなきゃいけなくなっていたんですよ。これがものすごくいい勉強になったんです。それこそネタを見つけるところからアポ取り、取材、編集、MAとすべて自分がやるわけですから。プレッシャーを感じる暇もなく、全身全霊で取材対象に向かっていく感じでした。知識、経験、思い、自分の持てるものすべてを総動員して、この世の中に立ち向かっていく……。それは今と少しも変わっていないですね。

そんな忙しい中、ドラマへの思いはどのようになっていたのでしょうか?

ワイドショー班に2年いた後、音楽バラエティ班に異動になったんですが、バラエティは台本があってもないようなもので。芸人さんやMCの勢いで回していく予測不能なところが面白いんです。ただ、バラエティの面白さに気づけば気づくほど、台本通り進んでいくドラマが好きという気持ちを再確認していきましたね。きっと元々の性格です(笑)。ドラマのように作りあげていくことが性に合っているんですよ。

ドラマへの思いと現在の仕事へのモチベーション、どのように保たれていたのでしょうか?

奇跡的に拾ってもらえた、と思って入社しているので、どの仕事に対しても120%のことはやろうと決めていました。手を抜いたということは一度もないです。そうじゃないと、「ドラマを作りたい」なんて言う資格はないと思ってもいたので。また、やっぱりドラマが好きだ!と感じられたのもどんな仕事も一生懸命やっていたからだと思います。“ドラマをやりたいからこの仕事をやらない"なんて中途半端なことをしていたら、自分が本当にしたいことは何なのかわからなくなっていっていたんじゃないかな?だって、「ミュージックステーション」も本当に楽しかったですから。31歳の時にドラマ班が作られ異動になるんですが、やっぱり日頃の仕事に対する姿勢が悪かったら、今こうなっていたかは分からない気もします。ドラマを作りたいと言い続けたということもありますが、正直に気持ちを持ってもいいくらい、その当時の仕事に一生懸命立ち向かっていたということもあるんじゃないかと。思いを伝えるのも大事ですが、それに伴う態度も大事だと思いますね。

ドラマの難点を理解しながら作ることがヒットを生む秘訣。

ドラマ班に異動してすぐにプロデューサーになられたんですよね。

ドラマの設計図を作るのがプロデューサーで設計図を基に建物を建てていくのがディレクターなんですが、私は建物を建てることより設計図を作るほうが好きでしたし興味がありました。どんな腕のいい職人がいても設計図がひどかったらダメですし。上司から「プロデューサーで」と言われたときはうれしかったです。ただ、30歳過ぎて初めてドラマ担当に就くのは、他局ではすごく遅いわけで……。スペシャルドラマを経て「土曜ワイド劇場」の担当になったのですが、まずは監督さんを含むスタッフや俳優の方々に顔を知ってもらうために現場にたくさん行かせてもらいました。ここでベテランの監督さんや脚本家さんと一緒にドラマ作りができたことがすごく大きな経験でしたね。学ぶことだらけでした。

プロデューサーの仕事といえば、脚本家と一緒にドラマを作り上げることだと思いますが、何か気をつけていることなどあるのでしょうか。

ドラマの設計図は脚本なんですよ。それを生み出す脚本家さんは本当にとても尊敬しています。ゼロから生み出すわけですから相当な力が必要なのですよ。なので、私ができることは、脚本家さんの書きたいと思う気持ちを大事にすること。みなさんがどのようなことを考えているか、きちんと聞こうとしていますね。それがどうやったら視聴者に伝わるかを一緒に考えていく……。当たり前ですが、すごく大事なことだと思います。ちなみに俳優さんにとっての本番が、私にとっての本打ち(脚本打ち合わせ)なんです。真剣勝負の場。表面的なことではなく、思ったことはきちんと伝えようとしています。

「土曜ワイド劇場」の担当後、数々の名作をプロデュースされていますが、ドラマに携わるようになってドラマに対する考え方は変わりましたか?

「土曜ワイド劇場」で色々経験して分かってきたことなのですが、海外ドラマの定番である群像劇が日本ではあまりヒットしないんです。なぜなんだろう?と考えると、“ドラマはハードルが高い"ということ。まずキャストが刑事や医者など役柄になりきって演じるという設定を理解するだけでも大変です。その上、1時間見たら続きは来週って……。バラエティだと笑いたいときにすぐに笑え、スポーツは結果や感動があって、常にダイレクトなんですよ。それに対してドラマは楽しむということに一番ハードルが高い。テレビの力は“生"にあると思うのですが、やればやるほど“生"の力を持つジャンルには勝てないと思いましたね。

そんなドラマの難点が分かったときどうされたんですか?

そこを含めて理解してドラマを作るようにしました。私は、テレビのエンターテインメントのお客さんはほぼ女性だと思っているんです。なので、女性に嫌われないキャスティング、話が分かりやすいように主人公の目線で見せていく、話の邪魔にならないようにしながらもキャラクターの個性も程よく出していくなど、基本を考えました。特に1話完結にして、来週見なければ内容が分からなくなるという見る人が感じるハードルを減らしましたね。とりあえず、視聴者に見やすくするためにはどうしたらいいかを考えて実行に移すことが、ドラマを見てもらうための一番大事なことだと思います。見る側に負荷を与えていては視聴率は取れないですから。ただ、そのようなことを考えるのはプロデューサーだけでいいです。脚本家やキャストは作品に集中してもらうことが一番ですから。世間と作品のフィルターになるのがプロデューサーの仕事です。

先人の教えを疑いつつも、アンテナを張って世の中を見ていこう

時代とともに映像の世界は変化していると思いますが、今後、テレビはどのようになっていくと思いますか?

今後テレビという媒体がどのように変化していくかは分からないですが、ソフトは必要だし、ドラマは見られ続けていくはずです。もちろんドラマとういうジャンルはなくならないし、あるべきものだと思います。そのため、どういう方向に行けばより多くの人に見ていただけるのか、ということはいつも考えるようにしています。数多くの娯楽の中からドラマを選んでもらうためには、ハードルを下げることは変わらず必要です。そして、見たいと思うきっかけ作りや継続欲を刺激するだけのクオリティも求められてくると思います。そのためにストーリーもキャストが大事。ハードルを下げてクオリティを保つ、この2つが今後のドラマで絶対必要なことですね。

そのようなドラマを作るにあたり、クリエイターに求められることは何だと思いますか?

すべてを疑って自分の頭で考えることです。2時間ドラマには、断崖絶壁で罪を告白するなどお決まりのパターンがありますが、実はあれには意味があるんです。一度、罪の告白をするシーンの舞台を取調室にしてみたらどうだろう?と考え、自分なりに撮ってみたんですが、どうもしっくりこない。あれらお決まりになっているモノは、先輩たちが試行錯誤して作り上げてきたことばかり。だから今まで残ってきているんです。ただ、それをそのまま何も考えずに踏襲するのはちょっと違うと思います。なぜこのようにやってきたのかというその裏にある意味を知ることが大事なのだと思います。自分で考えて行動する、当たり前ですが意外と難しいことなんですよ。あと、ドラマにしてもバラエティにしても、“今"を入れていく必要があると思います。人間は怠け者でラクしたい動物だと私は考えているんですが、同じようにすごく貪欲な面もあります。ラクして得したいから、ドラマからも何か“今"を見つけたいと思っているはず。そんな気持ちに応えるために、作り手には“今"を知るためのアンテナが絶対に必要となってきます。世の中の人が“今"何を求めて行動しているのかなどを常に考えることです。そして、その中で生まれた“今"思っていることや面白いと感じたことを、手段は何でもいいので伝えてください。自分の中で物事を終わらせるのではなく人に伝えていく……。そんな当たり前のことが一番大事だと思いますね。

取材日:2017年6月19日 ライター:玉置晴子

松本基弘(株式会社テレビ朝日 総合編成局 ドラマ制作部 ゼネラルプロデューサー)

1963年生まれ、愛知県出身。1987年テレビ朝日入社。ワイドショー部や音楽バラエティ班などを経て、1994年にドラマ班に。スペシャルドラマや「土曜ワイド劇場」のプロデューサーに。「事件」シリーズや「相棒」「警視庁捜査一課9係」などを制作。人気ドラマ「BORDER2 贖罪」が年内に放送予定。

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